17:30開場 18:30開始
(30分1本勝負)
≪DRAGON CUPクルーグリット杯トーナメント準決勝≫
藤波辰爾
TAJIRI
(30分1本勝負)
≪DRAGON CUPクルーグリット杯トーナメント準決勝≫
吉江豊
潮崎豪
(30分1本勝負)
≪DRAGON CUPクルーグリット杯トーナメント決勝≫
第1試合の勝者
第2試合の勝者
(15分1本勝負)
倉島信行
高木功
(30分1本勝負)
竹村豪氏 アステカ
南野武 ウルティモ・ドラゴン
(30分1本勝負)
グラン浜田 長井満也
ヒロ斉藤 高岩竜一
[無我ワールド・プロレスリング・オフィシャルサイト]
12月13日 後楽園ホール〜《無我》最後の興行〜藤波辰爾コメント
12月13日に行われる後楽園大会〜DRAGON CUPクルーグリット杯決勝戦は《無我ワールド・プロレスリング》として行われる最後の興行となることが正式に決定した。
藤波:「『無我(1995年旗揚げ〜藤波辰爾自主興行)』から数えると約10年もの間、『無我』の看板を背負ってやってきましたが、12月13日の後楽園大会が『無我』最後の興行となります。
様々な思い入れもありましたが、この1年間やってきて、今の『無我』自体が昔のコンセプトと違ってきているということもありますし、逆に『無我』という名前があることで、リングの上で無言の制約ができてしまうということもあり、来年から新しい名前で再出発することにしました。
去る者があり、入って来る者があり、そして今ここにいるメンバーで、さらに進化した形を作り上げ、プロレスを続けて行きます。
今までご声援いただきありがとうございました。そして今後ともよろしくお願い致します」
◇無我〜藤波辰爾自主興行(1995年〜1999年)
パワープロレスリング全盛だった当時のプロレスに対し、藤波辰爾が起こしたアンチテーゼ。ビリー・ライレージム(英)からロイ・ウッドコーチ率いるイギリス人選手を招聘し、打撃なしで、グラウンドを中心としたレスリングをじっくりと展開。ファンを引きつけ、プロレス界全体にも影響を及ぼした。
◇無我〜新日本プロレス興行(2001年〜2005年)
2001年に藤波辰爾が新日本プロレス社長に就任したことをきっかけに、新日本プロレスの興行の中で無我大会が行われた。新日本内での団体抗争にも発展。
◇無我ワールド・プロレスリング
2006年8月に、藤波辰爾を中心に、独立した選手が集まり旗揚げした。
[無我ワールド・プロレスリング・オフィシャルサイト]

