■無我「FINAL MUGA〜飛龍継承〜DRAGON CUP」
12月13日(木)
東京・後楽園ホール
<第6試合 DRAGON CUPトーナメント決勝 30分1本勝負>
●[第2試合勝者]藤波辰爾
(13分53秒 ダイビング
ボディープレス→片エビ固め)
○[第3試合勝者]吉江 豊
※吉江が優勝
<第5試合 タッグマッチ 30分1本勝負>
●グラン浜田、長井満也
(17分24秒 腕固め)
ヒロ斉藤、○高岩竜一
<第4試合 タッグマッチ 30分1本勝負>
竹村豪氏、●アステカ
(18分02秒 アサイDDT→片エビ固め)
南野 武、○ウルティモ・ドラゴン
<第3試合 DRAGON CUPトーナメント準決勝 30分1本勝負>
○吉江 豊
(20分16秒 ダイビングボディープレス→片エビ固め)
●潮崎 豪(ノア)
<第2試合 DRAGON CUPトーナメント準決勝 30分1本勝負>
○藤波辰爾
(12分50秒 ドラゴンスリーパー)
●TAJIRI(ハッスル)
<第1試合
シングルマッチ 15分1本勝負>
●倉島信行
(7分51秒 パワーボム→エビ固め)
○高木 功
藤波が「無我」と決別 新たな旅立ちへ
無我「FINAL MUGA〜飛龍継承〜DRAGON CUP」大会トピックス
無我ワールド・プロレスリングとしては最後の興行となる13日の後楽園ホール大会「FINAL MUGA〜飛龍継承〜DRAGON CUP」では、3日の
大阪府立体育会館第2競技場で開幕した「DRAGON CUP」準決勝&決勝戦などが行われ、「無我ファイナル」にふさわしい熱戦が繰り広げられた。
無我ワールド代表取締役社長である藤波辰爾は、公式HPなどで今大会を「無我」最後の大会にすることを宣言。
「今の『無我』自体が昔のコンセプトと違ってきているということもあるし、逆に『無我』という名前があることで、
リングの上で無言の制約ができてしまうということもある」と来年からは新名称で再出発をはかることを予告していた。
「無我」は95年、パワープロレス全盛だった当時のプロレスへのアンチテーゼとして、新日本プロレス所属だった藤波が自主興行として発足。
01年に藤波が新日本の社長に就任すると、新日本の興行の中で無我興行が行われるようになり、一
ブランドを確立した。
その後、06年8月に藤波を中心とするプロレス団体「無我ワールド・プロレスリング」として旗揚げされたが、今年の10.8後楽園を最後に、無我創設当時からの中心選手であった西村修と、無我ワールドの生え抜き新人であった征矢学が「無我」の名前を持ったまま全日本プロレスに電撃移籍。
さらに、後藤達俊もマスコミ紙上などでの会社批判によって参戦見合わせとなるなど離脱者が相次ぐ形となった。
「無我」の2文字がつく最後の大会で全試合終了後にマイクを握った藤波社長は「今日をもって12年間続けてきた無我が最後となります。でも、ここにる選手たちはこれで終わりじゃない」と、あくまで今日は終わりではなく、新たな始まりであることを強調。
「来年からは新たな旅立ちとなります」とファンに力強く語った。
来年以降も団体の名称以外は団体の組閣などはそのまま継続される方向で、注目の新名称も年内には発表される予定だが、藤波自身は「大事な部分は残しながら、新たなものを作っていきたい」ととことん前向き。
12年間も自分の中心であり続けた「無我」の2文字を失うことにも「今後も無我という原点は見せていきたい」と、あくまで精神は心の中に生き続けていくことを明かした。
8選手参加で争われた「DRAGON CUP」決勝戦は吉江豊が藤波を破り初優勝。吉江が「プロレス人生初」というシングルでの初の栄冠をつかみ取った。
吉江は1回戦で昨年のトーナメント覇者である長井満也を撃破。
この日の準決勝では現在若手注目株であるプロレスリング・ノアの潮崎豪をも退け、勢いを見せつけた。
対する藤波は1回戦でZERO1−MAXの高岩竜一との“ドラゴン対決”を制すると、2回戦ではTAJIRIのグリーンミストを食らいながらも貫録勝ち。
最後の「無我」での優勝に並々ならぬ意気込みを見せていた。
気迫みなぎる藤波は開始早々から吉江にドラゴンスクリューを仕掛けると、さらに雪崩式ブレーンバスター、足4の字固めで執拗(しつよう)に吉江を痛めつけ、吉江のチョップを胸を張って受け止めるなど、優勝に対するどん欲な姿勢を見せつける。
しかし、吉江も回転エビ固めを狙おうとした藤波に上から全
体重をかけてのしかかると、気迫のこもったラリアットで藤波を吹っ飛ばし、
コーナー最上段からのダイビングボディープレスで激勝。悲願の初優勝を飾った。
12年間にわたり「無我」の象徴的存在であった藤波を「無我」最後の大会で倒した吉江は、「オレはここを選んで間違いなかった」と、業界最大手であった新日本プロレスを退団し、仲間たちとともにこの団体を旗揚げした選択を改めて正解だったと確信。
「オレが優勝したからには大丈夫。オレがこの団体を引っ張っていく。そして、必ず成功させる」と来年から新スタートを切る団体のエースへと名乗りを上げた。
新名称の候補として「藤波JAPAN」を挙げたという吉江は、自分の案が採用されると信じて発表の時を待ち構えながらも、「オレが先頭に立って新しいものを作れば必ず成功する」と力強く成功を誓った。
プロレスリング・ノアの潮崎豪は準決勝で吉江に惜敗。
9月の敗戦の借りを返すことはできなかった。
潮崎は9.9ノア日本武道館で三沢光晴と組んで藤波&西村組と対戦。
ベテラン勢の中で存在感は見せつけたものの、19分40秒、西村の足4の字固めに敗れている。
今回のトーナメント開催にあたり、潮崎は自ら無我参戦を志願。
1回戦ではゴーフラッシャーで竹村豪氏を倒し、準決勝に駒を進めたものの、準決勝では吉江の巨体を攻めきれず。
20分以上に渡る激闘で得意の逆水平チョップやラリアット、ムーンサルトプレスを繰り出し、160キロの巨体をジャーマンスープ
レックスで投げる奮闘を見せたものの、あと一歩およばなかった。
エルボー、チョップが飛び交う壮絶な肉弾戦の末、最後は吉江のダイビングボディープレスに轟沈(ごうちん)。
日本人レスラー最重量のパワーを身をもって体感した潮崎は「1発1発が重かった」と胸を押さえて苦しげな表情を浮かべ、敗戦に唇をかみしめた。
準決勝で藤波と対戦したTAJIRIは、「無我」のリングでもあくまで自分らしさを貫いた。
米国WWEや現在の主戦場である「ハッスル」でそのトリッキーさを遺憾なく発揮しているTAJIRIは、1回戦でヒロ斉藤と対戦。
独自のTAJIRIワールドに引きずりこんでヒロの持ち味を封印し、最後は毒霧噴射から3カウントを奪取した。
この日も“リビングレジェンド”と呼ばれるほどの大レスラーの顔面にグリーンミストを噴射し、イス攻撃&バズソーキックという反則攻撃であわやという場面を作り出すも、カウント3奪取はならず。
逆に藤波の懐の深さに飲み込まれ、最後はドラゴンスリーパーに力尽きた。
試合後、フラフラになりながらバックステージに戻ったTAJIRIは「あれは効いた」と初体験のドラゴンスリーパーに完敗宣言。
自分が生まれた年(70年)とほぼ同じ時期(71年)にデビューしたと聞き、「お父さんと戦ってるみたいだった」と感想をもらし、「ボクが歩んできた道とは違う」と無我の奥深さに感心した。
敗れはしたものの、藤波にひと泡吹かせることはできたという思いから、「ぜひ今度はハッスルのリングでリベンジしたい」と今度は自分の主戦場での再戦を要求。
「無我」から離れた藤波を未知の土俵へと引きずり出すことを予告した。
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