無我の選手をはじめ、藤原喜明、鈴木みのるら、ゴッチさんの教えを引き継ぐ選手を一堂に集めて争い、毎年開催する。
日本のプロレスの基礎をつくった恩人の名を、永久に残していく。
無我戦士たちが、悲しみをこらえ、未来への布石を打った。
ゴッチさん死去の悲報が入った29日の大阪大会後、社長の藤波、エース西村修、田中秀和リングアナウンサーが緊急会議を開いた。
結論はすぐに出た。
「我々にできるのはゴッチさんの名と功績を未来に伝えること」。
昨年末に始まった団体最強決定戦の名を「カール・ゴッチ杯」にすることを決めた。
昨年は団体最強決定戦だったが、今年からは門戸を広げ、ゴッチさんの考えを引き継ぐ戦士の頂点を決める大会になる。
藤波は「この名を名乗る以上、ゴッチイズムを引き継ぐ選手を呼びたい」と同じ志なら団体の垣根や国内外を問わない考えだ。
西村も「ゴッチさんが信頼していた藤原喜明さん、木戸修さん、鈴木みのるさんには声を掛けたい」と話した。
無我にとってゴッチさんは「神」そのものだ。
設立決定後すぐに、名誉顧問就任を依頼し、快諾された。
特に藤波と西村は心酔しており、レスリング技術を重視する伝統的スタイルを実現するために団体をつくった。
新日本、UWFなどゴッチさんを神格化しながら最後はたもとを分かつ形になった団体はあるが、今回は永久に同じ大会名を引き継いでいく。
藤波は「将来は無我の若手や、藤原や鈴木に教えを受けた選手に出てほしい」とゴッチさんの「孫弟子」の参戦にも言及した。
名前だけでなく、技術や思想を生きたまま残す狙いもある。
もともと「ゴッチ杯」は、新日本の若手の登竜門として、74年から3年間行われた。藤波は第1回で優勝し、海外遠征とゴッチさんから直接指導を受けるチャンスを獲得。
スターの座に駆け上がるきっかけだった。
「ボクにとっては忘れられない名前。すべての始まりだった」と話す。
30年ぶりの名称復活になるが、今度はプロレス復興への起爆剤にするつもりだ。
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